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PROLOGUE -バーサーカー-


   ただ 強くなりたかった

   ただ 力が欲しかった

   大切な人を守れるだけの 力が――

 

 

-Berserker-

 

 

 村がモンスターに襲われた。襲われたのは名も無い小さな村だ。家屋は燃え、闇の中を逃げ惑う人々は、次々と鋭い爪の餌食となった。

 朝の光が差す頃、今までそこにあったはずの村は跡形もなかった。踏み荒らされ、割れた果実の幾つも散乱するそこは畑だっただろうか。家の建っていた名残と思われる黒く炭化した木の柱が、荒れた大地に何本も突き刺さっている。そして其処此処に黒く蹲ま

る――赤黒く爛れた、散乱する大小の塊のようなもの――恐らくは、人であった、肉塊。

 雲一つ無い明け方の空、清浄な朝日に照らし出されたそこに広がっていたのは、紛う事無き地獄絵図。そんな状況の中、生き残った者は僅か数名だった。

 そしてその少年も、生き残りの一人だった。

 

 * * * * *

 

 夕食も終わり、家族で団欒を楽しんでいたその時だった。玄関の扉が壊れんばかりの勢いで開かれた。立っていたのは、村の入り口付近に住んでいる仲の良い青年だ。慌てた様子で来た青年は息も絶え絶えに「モンスターが襲ってきた」と、それだけを伝えるとまた勢いよく隣の家へと走っていった。

 父親はすぐさま剣を手に取った。母親は何も言わずに少年を一度きつく抱きしめると、今は使っていない石造りの暖炉へと押し込んだ。テーブルも暖炉を塞ぐように倒され、少年の姿は外から見えなくなってしまった。塞がれた暖炉の中は暗い。倒されたテーブルの向こうから、母親が「大人しくしていてね、大丈夫だから」と、いつもと変わらない優しい声を掛けた。

 暫くすると、地を這うような雄叫びと呻き声、村の人達の悲鳴、建物が壊れる音が混ざり合って聞こえて来た。音は勢いよくこの家に近付いてくる。次の瞬間、バンと扉を破るような凄まじい音がしたかと思うと、血の匂いと雄叫びが一層近くなった。暖炉を塞ぐテーブルがビリビリと音に震えたことで、暗い中でもモンスターが家の中まで来てしまっていることが分かった。少年はテーブルの天板の継ぎ目が作った僅かな隙間から、部屋の様子を伺った。そこには赤く光る目と大きな角をもつ牛の様なモンスターがいた。父親はそのモンスターに剣を向けて構え、応戦しながら外へ連れ出そうとしていた。が、次の瞬間――モンスターは身を屈めると角を前に突き出し、父親に向かって突進した。大きな角は、父親の身体を一瞬にして貫いた。そしてモンスターは父親の身体を角に串刺した状態のまま、母親の方を見る。母親は弾かれるように玄関の方へと走った。今あのモンスターのターゲットは自分にある、今なら外へ連れ出せる――そう思ったのだ。しかしあと一歩で外へ出られるといったところで、別のモンスターの腕が母親の方へと伸びた。そしてその長い爪が、勢いよく上から下へと振り下ろされる。薄い布が裂かれるように、母親の身体は僅かに仰け反りながら幾筋かの赤い尾を引いて、倒れた。

 一方、角に貫かれた父親であったが、まだ死んではいなかった。このまま部屋に留まられれば、いつ息子が発見されてしまうとも限らない。父親は部屋の中を荒らし回り物色するモンスターをどうにかすべく、頭を叩いたり、毛を引っ張ったりと出来る限りの手段で気を引こうとしていた。それが気になったのか、モンスターは何度も頭を振り、父親を振り落とそうとした。だが、身体を深く貫いた角からそう簡単に抜け落ちることはない。ついにモンスターは広い外へと出ると、今まで以上に大きく頭を振り立てて父親を撥ね飛ばした。父親の身体は弧を描きながら宙を舞い、荒らされた地面へと勢いよく叩きつけられた。瞬間、衝撃で一度だけ跳ね上がり、そしてついに二度と動く事はなかった。

 部屋は血の匂いが充満していた。少年はあまりの恐怖に声も出なかった。身動きもとれず、それが幸いしてか、少年はモンスターに見つかる事無く生き残る事ができたのだった。

 それから暫くして、モンスター達は引き上げていった。だが、その後になっても、少年がその場を動く事はなかった。

 

 * * * * *

 

 朝を迎えた。誰かが呼んだのか、それとも騒ぎを聞きつけたのか、近隣の村の人々が生存者を探しにやってきた。誰かに声を掛けられ、少年は眠る事なくその場に固まったまま朝を迎えた事に気が付いた。そしてその時になって漸く我に返り、大声を上げて泣いた。

 目の前で無惨に死んでいく両親。恐怖と悲しみと、何も出来なかった自分への怒りと、やり場のない想い。たくさんの想いが溢れ、少年はただ泣く事しか出来なかった。

 そんな少年を、ある老人が引き取ると言ってくれた。少年は老人が亡くなるまで一緒に過ごし、亡くなってからは冒険者として剣の腕を磨きながら旅をする事にした。

 

 

 

   ただ 強くなりたかった

   ただ 力が欲しかった

   大切な人を守る為の 何者にも負けない力が

   今この手にある 小さな幸せを守る力が

 

   その為に たとえ命を失う事になっても……

 

 

 

 あの事件から数年後。

 少年に『鬼手』と言う、突然身体変異が発症した。鬼神に呪われて変色したその腕は、時として鬼の力が暴走する。その変化に気付いた時、少年は歓喜した。例えどんなカタチであろうとも、それは計り知れない力を持っている。少年は、幸か不幸か、自分の望む更なる力を得る為の機会を手に入れたのだった。