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PROLOGUE -アシュラ-


   光に 満ち溢れていた

   目の前には家族の笑顔 そして友人

   それら全ては

   永遠にあるものと信じていた

 

 

-Asura-

 

 

 ここは街から程遠い森の中に点在する、小さな村の一つだ。近年は凶暴化したモンスターが急増し、近隣でも襲われて壊滅する村が後を絶たない。しかしその危険の渦中で、この村には活気があった。

 大きな街の中心地等は、黒妖精達の力で魔方陣による結界が張られている。そういった安全を確保された場所に人が集まるのは、至極当然の流れだった。しかしこのような僻地の小さな村に、そんな大それたものがあるはずはない。それでもこの村の人々が土地を離れず、ここまで生活を維持出来ているのには理由がある。それは『討伐隊』の存在――村には正規の軍でこそないものの、士気の高い『討伐隊』があった。

 この村では有志の若い衆が、所謂『討伐隊』を編成し、村に近付くモンスターを退治していた。討伐隊は付近でモンスターの目撃情報があれば、いち早く周辺を調査して討伐の為の算段を立て、安全かつ迅速に対処していた。そのお蔭もあってか村へ近付くモンスターの数は、近隣の他の村に比べれば少しずつではあるが減少の傾向すら見せているほどだった。

 少年……いや、歳からすればもう十分に青年と呼べる年齢であろう。青年もその『討伐隊』の一人であった。

 青年は両親・祖母と暮らしていた。討伐隊には同年の友人も多かった。幼い頃から父親に教えられた剣の腕には自信があり、その腕前は討伐という実戦を通して確実に上がっているという実感もあった。

 仕事にしても討伐にしても、毎日が楽しかった。青年は家族と友人を愛し、またそんな青年を家族も友人も愛してくれていた。

 ただただ、幸せだった。

 

 * * * * *

 

 いつもの様にモンスターの情報を聞き、討伐隊は村から少し離れた洞窟へと調査に向かった。話によれば、今回目撃されたモンスターは今までのものとはタイプの違う、人型のものだという。目的の洞窟の前で、隊は二つに分けられた。洞窟前の見張りと、内部調査の二隊である。青年は調査隊に加わった。

 静まり返った洞窟内で片手にランタン、もう片方に剣を構え、ゆっくりと周囲の様子を伺いながら奥へと進む。静かでひんやりと湿り気を帯びた洞窟内の空気は、ひたすらに不気味だ。聞こえるものは自分達の足音と、響いてしまいそうな鼓動のみ。

 

 洞窟の奥は崩落で行き止まりになっていた。そこで青年達は女性の姿を見た。自分達と似た姿をした女性は半ば透けている為、それがモンスターだと気付かされた。こちらが構えるのと同時、女性――モンスターは先頭にいた友人に、すっと腕を伸ばす。そして血のように赤い口元が裂けんばかりに開かれたかと思う刹那、鋭い牙が友人の首元に食い込んだ。深く首元に喰らい付き、魂を吸う。喰らわれた友人は見る間に血色を失い、その場に昏倒した。ピクリとも動かず紙のように白いその顔色は、死んでいる様に見えた。

 モンスターは周りを見回し、既に次のターゲットを探している様子だった。その様子を見て、一人二人とその場を逃げ出していく。青年も恐怖を感じてはいたが、逃げ出そうとはしなかった。モンスター退治が失敗に終ったとしても、そこに倒れている友人だけは、連れて帰りたかった。

 ふと、モンスターの視線が青年の前で止まった。青年が身構え対峙したその瞬間、無数のコウモリが青年に襲い掛かる。持っていたランタンは弾かれて床に転がり、金属的な高い音が洞窟内に響いた。落ちた瞬間に火は消え、漆黒の暗闇が青年を包む。フフフと幽かに聞こえるモンスターの声は、遥か彼方とも耳元とも判別がつかなかった。

 こうなっては自分の命すら危ない。青年は闇の中で剣を振り回しながら少しづつ後退し、漸く洞窟の入り口まで逃げ戻るのがやっとだった。結局、友人を助ける事は出来ないまま。

 

 * * * * *

 

 この事件から数ヶ月経ち、青年の身体に変化がみられた。左手が赤黒い色に変色していたのだ。これが噂に聞く『鬼手』かと、青年はぼんやり思った。術者の元へ行くと、鬼の力を抑えるものだ、と左腕に『鎖』が巻かれた。こんなもので本当に鬼の力が抑えられるものなのだろうか。そんな事を考えながら家へと帰った。

 家では母親が夕食の準備をしていた。帰ってきた青年を振り返り、「おかえり」といつも笑顔を見せるはずの母親の顔は、今日は違っていた。左腕の変色と鎖をみて、徐々に顔色が青ざめていく。どうしたのかと声を掛けようと一歩近づくと、後ろに飛び退くように驚き、恐怖に歪んだ顔で青年を睨みつけた。

「近づくな! 出て行けッ!! 鬼か? 鬼だろ!? その腕は! 二度と姿を現すな!!」

 その罵声に驚き、青年は家を飛び出した。家を出る瞬間、死んで消えてしまえという言葉も聞こえた。泣きそうになるのを堪えるのが精一杯だった。

 

 

 

   光は 消えた

   目の前には何もない

   真っ暗なココロと世界

   家族も友人も 総てを失った

   焼きついて離れない 現実

   何も見えなければ 何も映らなければ

   こんな苦しい現実を

   見なくて済んだのだろうか……

 

 

 村の入り口まで来たところで、背後から祖母の呼ぶ声が聞こえた。母親の叫び声を聞いて、追い掛けて来たようだった。祖母の話では、昔、母以外の兄弟と祖父が鬼の力の暴走に巻き込まれ、無残な姿で死んでいったのだという。祖母は「すまないね」と何度も繰り返し、青年に剣と幾らかのお金を手渡した。

 最良の手段はそれしかないだろう。青年は剣とお金を受け取り、祖母に「いつかこれを治して戻るから」と告げると、村を後にした。