鬼を見た
暗闇の中で 目を光らせ
雄叫びを上げる
恐ろしい鬼を……
-SoulBringer-
少年は生まれて間もなく、『鬼手』を発病した。両親は早々に少年に見切りをつけ、教会の前に置き去りにした。雪が降り出しそうな暗い寒空の下、赤子の泣き声を聞いた神父が少年を抱き上げた。少年の入れられていた籠にはメモが残されており、「この子を育てられる自信がありません」と一言だけ記されていた。少年はそのまま教会に保護された。
鬼手の発病者は多い訳ではないが、鬼の力の暴走に巻き込まれ、命を落としたと言う話は少なくない。特に子供の発病は暴走の際に力と理性がコントロール出来ず、両親や近しい血縁、友達などが多く巻き込まれる傾向にあった。その為、幼い子供の発病は特に恐れられていたのだ。
* * * * *
教会には同じ歳くらいの子供が何人もおり、皆様々な理由で保護されていた。この教会は所謂、孤児院だった。少年は口数が少ないながらも素直に育っていたが、友達らしい友達はいなかった。鬼手の症状の事もあり、少年は心を開く事が出来ないでいた。
少年の暴走の症状は、数ヶ月置きに見られた。異変の兆候が表れると、少年は窓の無い部屋に隔離されて症状が治まるまでその部屋で過ごした。そして神父はその部屋で寝泊りし、症状が治まるまで少年と一緒に過ごした。神父は少年の鬼の手を握り、呪文の様に言葉を繰り返す。
闇は孤独ではありません
力は強さではありません
光は心に宿るものです
アナタは独りではありません
どうかこの子にも神の慈悲を――
鬼手の治療法は、ない。故に、こんな言葉が効くとは到底誰も信じない。だが、神父は少年が暴走の症状を見せる度、何度も何度も、夜通しになろうと、この言葉を繰り返した。時には少年を抱きしめ、時には少年の頭を撫でながら。
* * * * *
ある時、少年は夢をみた。
いつもの様に左腕が熱くなり、隔離された部屋で。神父は変わらず左手を取り、左腕を撫でるようにして触れ、いつもの言葉を繰り返す。熱さで遠のく意識の中、いい加減聞き覚えてしまった言葉を頭の中で一緒に繰り返しながら、少年は夢の中へと落ちていった。
夢の中は真っ暗だった。右も左も、上か下かも判らなくなりそうな、漆黒の闇だけが広がる世界。突然遠くから雄叫びのような声が聞こえた。何度も聞こえるその雄叫びは、苦しく哀しい音を含んでいるように感じられた。まるで、子どもが母親を探しているような……。
少年は声の方へ近付く事にした。最初は僅かに感じていた恐怖、しかし今はもうない。どのくらい進んだか闇の中では分からなかったが、暫く進むと一人の青年がしゃがみ込んでいた。見た感じ自分より年上のようだとか、何故他は真っ暗なのに彼だけははっきりと見えるのだろうかとか、そんな事が頭を過ぎる。大きく息を吐くと、少年は青年に声を掛けた。その声に反応したのか、青年はゆっくりと顔を上げた。その目は金色に輝き、じっと少年を見つめている。その青年の左腕は、赤黒い鬼手特有の色をしていた。
次の瞬間――青年は左腕を伸ばし、ガッと少年の首を掴んだ。子どもの細い首は、青年の片手で簡単に掴めてしまう。少年の項に爪が食い込む、呼吸が出来ない。だが少年は特に抗う様子もなく、青年の左腕に自分の左手を乗せた。無理やり外そうとはしなかった。少年はオトにならない声で、あの言葉を繰り返す。神父がいつも呟く、あの言葉を。
遠のく意識の中で、青年と自分を重ね合わせた。これは自分なのかも知れない。鬼手を持ち、独りで哀しい声を上げている、その姿は自分と同じではないか。近い未来に自分も誰かを襲う可能性は充分にある。そう思うと、少年は青年を恨む事はできなかった。
少年の意識が途切れると同時に、夢はそこで終わった。
鬼を視た
自分の中に 可哀相な鬼を
纏った色は深く暗く 哀しい
何かに怯え 何かに縋り
何かに絶望し 何かを打ち消し
そして 全てを飲み込む
その瞳に 見覚えがあるような気がしたのは
キノセイダロウカ……
目が覚めると、そこはいつもの隔離された部屋だった。少年が目を覚ましたのに気付き、神父が食事を取りに部屋を出て行った。少年は左手を見た。少年には、あの青年が遠い存在の様には思えなかった。ふと、もしかしたら青年はこの手なのだろうか……と、そんな事を漠然と考えた。そして『彼』が、鬼手の存在が、とても哀しいもののように感じた。
『アナタは独りではありません』
少年は、届かない言葉をポツリと零した。