依頼された仕事をこなし、荒野にポツンと置いてある車に向かう途中。何かの気配にカズマが足を止めた。
「どうしたんだ、カズマ?」
君島が問うてもカズマは答えない。何かを睨み付ける様に、只黙って一点を見詰める。見詰める先に何が在るワケではなく。岩山が聳えているだけ。
君島には何となく解っていた。きっとカズマの視線の先にはアノ男、劉鳳という男が居る。
カズマは本能だけで感じていた。アイツの、劉鳳の存在を。感じる気配、揺るぎ無い力、隠し切れない存在感とオーラ……。本能が劉鳳との闘いを求める。
カズマは黙って見詰め、経ち尽くす。徐々に感じた気配に感化されたのか、カズマの中に熱いモノが燻り始める。カズマの身体を不思議な力が包み始め、髪の毛が揺れ始めた。まるでアルターを発動させる直前の様な光景――。
と、咄嗟に君島がカズマの肩を掴んだ。それに驚いた様にカズマが振り返る。
「な、何だよ、君島?」
「ナニって、ほら、オマエが……」
「? 俺が、どうかしたか??」
先刻迄の自分の状態を誤魔化すのか、本当に解ってないのか。君島は後者だろうと思った。本人も理解していない本能の根底で、カズマは闘うコトを求めている。
君島は苦笑した。
「いンや、何でもねぇよ」
そしてポツリと付け足した。
「オマエ、どっか行っちゃいそうだったからさ」
「バーカ、何処にも行くワケねぇだろ!? かなみも、オマエも心配だからな!」
そう言ってカズマは何時ものように笑った。そんなカズマの笑顔も、遠いモノの様な気がして――君島の胸は切なさで一杯になる。
「何処にも行くなよ、カズマ」
思わず女々しい台詞が口から零れた。君島は慌ててカズマの様子を伺う。カズマは笑ったり冷やかすコトも無く、只。
只軽く、掠める様なキスをした。
「そんな心配しなくても、何処にも行かねぇよ? だから、こうして居るンだろ?」
カズマはそう言うと、照れ隠しなのか、車の助手席に急いで乗り込んだ。そして一つ息を吐くと君島に声を投げ掛ける。
「早く帰ンねぇとかなみが心配するだろ? 早くしろよ、君島ぁ!!」
驚き固まっていた君島だったが、その声にやっと我に返る。
「今行くよ!」
まだ少し赤いかも知れない頬を軽く叩き、急いで車に乗り込んだ。
君島が荒野に車を走らせながら想うのは、助手席に座っている我侭な姫さんのコトばかり。
あのキスで『繋ぎ止められてる』のは自分
そして『何処にも行かない』のは嘘
カズマが嘘を吐くようなヤツじゃないのは解ってる
ケド、潜在的にある闘いを求める本能は止められない
きっと何時か居なくなる、旅立ってしまう
あの赤い翼で
果ての無い闘いの旅路へ
俺の手の届かないトコロへ――
だけど今だけは…… その時が来る迄は――